太ひでし

令和の西郷どん!「平和を守る政治家」を目指して

何故、国政を志すのか?

私が政治を志す原点は「西郷どん」こと西郷隆盛が敬天愛人の思想を産んだ鹿児島県の沖永良部島で生まれ育ったことにあります。
西郷さん没後、ちょうど百年目の年に私は生を受けました。西郷さんの影響を受け、幼い頃から世のため人のために生きたいと思っていた私は、学校の先生か医者になることが夢でした。

しかし戦後50年目の節目の年、高校3年生の時に戦争に関する本を読み漁る中で、三浦綾子さんの小説『銃口』と出会いました。

「銃口」三浦綾子 著

戦前、教育に情熱を注ぐ青年教師が治安維持法違反で投獄され、ようやく釈放されても結婚直前に戦争に召集されるなど、激動の時代に翻弄される人生が描かれていました。理不尽な戦争で教師の人生が一変したことに、やり場のない強い憤りを感じ、読後にとめどなく涙が流れました。

この本の影響でこれまで当たり前だと思っていた「平和」について考えるようになりました。
そして、一人ひとりの子どもたちに向き合う教師の仕事を尊いと思いつつも、その前提として、戦争のない平和な社会をつくらなければとの想いが込み上げてきました。高校3年生の私には、平和を守るための政治の姿が見えませんでした。日本の政治家は、国の存亡に直結する外交や国防政策は米国に任せきりで、ただただ国内の政争に明け暮れているように見えました。

初志貫徹。すべては「平和を守る政治家」を目指して

この時の想いから、「平和を守る政治家」になることが私の目標になりました。
幼い頃から水平線のずっと先を見ながら思いを巡らせていたことが、「世界の中の日本」を想う私の根っこにあります。大学では政治学を専攻し、国際政治の専門性を深めるために大学院に進み、卒業後、国会議員のスタッフとして外交安全保障問題に取組みました。そして国際政治の本場である米国で5年間、研究員として武者修行をしてきました。
帰国後、米軍の基地を2つ抱える神奈川13区から国政への挑戦をスタートしたのは、「平和を守る政治」を実践していきたいとの決意からです。

国際秩序が激変する中、米国に頼っていれば日本の平和を確保できた時代は過ぎ去りました。

今こそ日本と世界の平和のために、国際協調を基盤とした多国間協力による新しい安全保障の枠組みづくりを進めなければなりません。
私は引き続き、「令和の西郷どん」の気概を持って、「平和を守る政治」にまい進してまいります。

2019年9月
太 栄志 拝

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